TOP > 壺溪塾の理念・沿革

■ 壺溪塾の教育理念

単に合格するだけではなく、高い知性と美しい人間像の完成をめざす。

これは、壺溪塾が1930年に設立された当初から、掲げてきた教育理念です。日本で二番目に生まれた予備校、壺溪塾。当初は、受験に失敗した浪人生のための私塾として、内坪井の地に誕生しました。1948年に高校生コースを設置。授業が土、日に行われていましたので、土日科、あるいは別科と呼んでいました。
1966年に、壺溪塾は、学校法人として認可され、1976年には、専修学校として認可されました。
1992年には、高校生コースが「ジャンプコース」という新たな名称に生まれ変わり、ウィークデーの授業も始まりました。
さらに1994年には、公務員専攻科を設置します。
そして、2008年に、内坪井以外の校舎として、水前寺校をオープン。水前寺校には、公務員初級・上級コースと高校生コースを設置しました。坪井本校では、大学受験の高卒生コースと教員採用コースを従来どおり運営し、高校生コースの一部も設置しています。
壺溪塾は、時代の流れに添って変革を繰り返し、今に至っていますが、塾生を中心とした温かで人間的な指導を心がけるというその風土は変わりません。
これまでも、そしてこれからも、大志を抱く若者を心から応援する予備校として、壺溪塾は古き良さを大切にしながら、時代に合わせたきめ細かな指導を行っていく決意です。

■ 塾の沿革・歴史

昭和 5年 11月 初代塾長 木庭徳治、高等予備校壺溪塾を創立。
6年 4月 九州日日新聞(熊本日日新聞の前身)に壺溪塾の記事が初めて掲載される。
7年 10月 私立学校として認可される。
9年 3月 日本国有鉄道の指定学校となり、学校学生生徒旅客運賃割引の特典を附与される。
10年 10月 妙心寺派管長・久留米梅林寺専門道師家、東海瞎禅師を招いて摂心会を開く。
10年 11月 壺溪塾の教育内容に顕著なものがあるとの理由で、文部省普通学務局から特別な視察がおこなわれる。
23年 4月 高校生コースを設置。
35年 3月 現理事長 木庭令一、塾長就任。
41年 4月 学校法人 熊本壺溪塾学園として認可される。
51年 7月 専修学校(教養一般課程)として認可される。
54年 11月 木庭徳治、県教育委員会より「熊本県近代文化功労者」として表彰される。
平成 2年 10月 創立60周年記念式典挙行。
4年 10月 木庭令一、「学生百二十年記念教育功労者文部大臣表彰」を受ける。
6年 4月 公務員専攻科アドレコース(初級)を設置。
8年 1月 公務員専攻科必修マスターコース(上級)を設置。
12年 10月 創立70周年記念式典挙行。
13年 4月 木庭令一が「勲五等旭日双授章」を叙勲する。
14年 4月 公務員専攻科に2年課程を設置。
14年 11月 学監 岡畑 寛、熊本県教育委員長に就任。
16年 1月 壺溪塾初のテレビコマーシャルをオンエアー。
16年 3月 現塾長 木庭順子、塾長就任。
20年 3月 熊本市中央区水前寺1-1-1に水前寺校竣工。公務員初級コース、上級コース、高校生コースが水前寺校にて運営開始。
22年 11月 創立80周年記念式典挙行。
24年 1月 くまもと「夢への架け橋」教育プランへの寄与に対し壺溪塾が褒状を授与される。
26年 3月 坪井本校に男子直営寮「梁山泊寮」竣工。
27年 4月 坪井本校6号館2階に個別指導教室を設置。
28年 4月 熊本地震発生。
29年 3月 坪井本校新3号館着工。

■ 禅の精神

壺溪塾は昭和五年の創立以来、禅の精神をとりいれています。
「己れを空しくして、対象に全力でぶつかっていく」
このような姿勢を学んでほしいのです。

風雪をしのいで咲く梅は、温室育ちの花よりも、逆境の中でよく薫る。

梅は、厳しい寒さに襲われても、深い雪に埋もれても、酷寒の初春に美しい花を咲かせる。この梅の姿を日本人は古来より「艱苦に耐えて咲く」と考えた。江戸時代の白隠禅師は、さらに、この梅の姿を『百卉の魁(厳しい寒さにあってもそれを乗り越え、全ての花の先頭をきって、花を咲かせること。)』として尊び、そこに禅の精神を看て取った。「逆境にあっても、心静かに、ひたすら自己を磨く」これが壺溪塾が創立以来とりいれている禅の精神である。