壺溪塾

関西壺溪塾の集いについて

済々黌S40卒 本田重寿

“壺溪塾って何?”『⇒熊本の有名な予備校です!』“集いって、予備校の同窓会ってこと?”『⇒そうです!』“いや~珍しいね”

名刺に、「関西壺溪塾の集い事務局長」のゴム印を押しているので、名刺交換の際には、ほぼ上記のヤリトリがあります。

その後、興味のある人には、①塾の沿革や②塾の特徴③思い出などを話し出すのですが、“ちょっと変わった予備校”との印象を持たれることは必至です。

塾の創立が1930(S5)年、2030年には100周年を迎えるという塾歴は日本で2番目に古い予備校だとか。とにかく伝統ある塾です。

私が入塾したのが1965(S40)年の春。その当時、「済々黌は4年制高校だけんね」と言う人もいて、一浪にはさほどの抵抗感はありませんでした。

それもそのはず、塾の講師陣には済々黌や熊本高校のベテランの先生方が名を連ねておられ、数学のT先生,英語のS先生などの名調子が聞けたからです。

勿論、塾の特徴がありました。
1.初代の木庭徳治塾長の時代から続く「静坐」の時間
2.平屋の旧校舎で行われる第二代木庭令一塾長の講話
3.令一塾長への「日誌」の提出とコメント返却
4.第一高校出身の女性徒達との競い合い(どうしても勝てないM嬢)

「二浪はできない」「この1年が頑張り処」の状況の中で、上記のエピソードは 私の青春時代の思い出として脳裏に刻印されています。

2024(R6)年の秋、熊本の濟々黌時代の友人から「熊日に壺溪塾の木庭順子塾長の『わたしを語る』テーマで連載記事が出てるよ」との連絡があり、記事をメールで送ってくれたので、懐かしく読み始め、旧知の天草高校出身の本島さんにも転送していたところ、熊本県の県人会等で話題になり、八代高校(川口さん)、鹿本高校(橋本さん)等からも「壺溪塾」出身者情報が集まり始めた次第です。

その後、 2024(R6)年12月には、「集いの発足準備会」、2025(R7)年5月には「プレ発足会」を開催し、会員が20名となった2025(R7)年10月には、熊本から木庭順子塾長をお迎えして「関西壺溪塾の集い」発足会 を開催するに至りました(現在会員23名)。

今後も、定期的な懇親会を開催しながら会員増強に努め、4年後の塾創立100周年を盛大に祝うことが出来たらいいなと思っています。

今や国際社会も含め各方面で「分断化」が進んでいますが、歴史の流れは基本的には「協調」⇒「統一」の方向へ向かうはずです。

賽の河原の石積みにも似た活動ですが、この「集い」を通じて身近な社会での「協調」「統一」へ向けた動きに一石を投じていきたいですね。

2025年10月19日(日)木庭順子塾長を迎えて発足会